yuyumeru-S’s blog

20歳.沖縄の石垣島出身。慶應SFCです。

閉鎖的な環境について思うこと

 

田舎にいると、とても情報のスピードが遅い。

 

好きな雑誌がお店に並ぶのまで2週間かかるし、圧倒的に本屋さんに置かれている種類も少ない。


会える人も限られているし、都内の高校生と電話で話しながらなんだか同じ国なのになぜこうも違うのかと驚かされることが多かった。

 

「今はネットがあるじゃん」

 

多くの人に当時そう言われて、高校2年生の私は自分がちゃんとネットでの活用の仕方が分かってないのかな〜だなんて思っていた。

けれど、それから数年が経ち、その言葉は当たっているが、ある意味で間違っていることに気づいた。

 

確かに情報はスマホさえあれば、誰でも受け取ることはできるようになった時代だけど、そういうことではないのだ。


まず何を検索していいのかが分からないし、興味を持ち調べたことを言うと、

 

「何言ってんの」

と嫌な顔したり、ちょっとおかしな子だよねみたいな空気になり苦笑いされる。

 

地元が嫌いとかそういう話ではなく、とにかく都会との情報スピードが違うので理解が全くないのだ。

 

都会と田舎と比べるのはどうかと思われそうだが、私は数年前の大きな疑問と悔しさは今になってやっと言語化できるのではと思い書いているので田舎がイヤだと言おうとしているのではないことを分かってほしい。(以前似たようなことを書いた時にすごく地元の人たちから怒りのメッセージがきたので)


私の地元に来る人たちは、東京の生活に疲れて別荘で冬の間だけ過ごしたり観光として来る人もいたり、これまでの日常から何か大きな問題を抱え、離れたいと思い逃げてくるような人も多く、それはつまり何を意味しているかというと「何もない」ことに価値を感じている部分があるということだと思う。

外の人から見ればとても素晴らしい魅力であり、癒しであるということはもう聞かなくても当たり前に分かるが、なんだかいつももやもやしていた。

 

その良さは私も本当に素晴らしく大好きなのだけど、

「こんな場所にいたら何もできない」

と悔しい思いをすることもあり、小学生の頃から「絶対にぜったいに高校卒業したらここから出たい」と親に言っていた。


「のんびりしている」「時間を忘れる」「海外に来たみたい」

そんな言葉を聞くたびに、仕事もお金も家族も自由な時間も手に入れた大人が一時的に遊びにくるとしたら楽しい場所なのだけど、そんな場所で育ってる私の心の声を叫びを聞いて欲しくなっていた。(観光客とかが嫌いという意味ではないです)

 

「南の島は〜〜」みたいなキラキラと青春を楽しむ心優しい沖縄の子どもたちなどと幸せそうに取り上げられているテレビを見ても、なんだか複雑な気持ちになった。

地元が大好きなのと同時にあまりに悲しい出来事、信頼し心を開いていた人たちからの言葉にいちいち傷ついていた。
自分を押し殺してきたことが積み重なって、苦しくて苦しくてたまらなかった。


今思えば、高校も辞めれば良かったし、あそこまで苦しんでる自分は理解者がいなくずっと大きなものに押しつぶされそうな息苦しさを毎日抱えていたのもたくさん原因があったのではと思うが、自分自身を解放できる場所がなかった。

 

東京で過ごすようになり、よき理解者と出会えたり本音で話しても嫌な顔しないで私の求めていた「ふつうに聞いてくれる」友達も増え、環境を変えるというのは本当に大事だと心の底から思った。

 

はじめて「息ができる、本来の自分を表に出しても許されるんだ」と思うようになった。


私のようなことを地元に対して感じている人はごく一部だと思うが、情報格差からくる地域全体での理解のなさは田舎だとはっきりあると思っていて、それによって自分の気持ちを封じ込める人が減ってほしいと思っている。

 

それはその地域に生まれてしまったからには受け入れるしかないと思っていたけれど、高校生だし無理だよね、と諦めないで本当の自分の解放できる場所と人をできるだけ探すかまずは自分の良さを絶対に認めてくれない場所から逃げ出すことも大事だとあの頃の自分に言いたくなった。

 

当時Facebookにこのような悩みを書いたら50件以上のコメントやメッセージがきてかなりいろんなことを言われたので過去の自分のもやもやをブログに残そうと思った。

 

 

 

※大好きな地元だからこそあえてこういう書き方をしてるのでディスらないでね


読んでくれてありがとうございます!!

 

感想などは
ゆゆめる @miruki2141までお願いします。