yuyumeru-S’s blog

20歳.沖縄の石垣島出身。慶應SFCです。

沖縄の高校のリアル

 

 

私には地元の自分が通っていた高校に対してずっと違和感があった。

 

 

今日はそのことについて書こうと思う。

 

 

数年前の高校生の頃のことを今さら書くのは理由がある。

当時は絶対に言えなかった。 もし、自分の考えをはっきり言ってたら、私の居場所は確実になくなっていたと思っている。

 

 

今頃になって、発信する必要性に気づく出来事が最近あったので、書くことにした。

 

 

 

 私の地元には高校が3つしかない。

大学や専門学校へ進学を目指す普通科の高校、商業高校、農業高校だ。

 

中3の時に、あまりやりたいことが決まってなくても、とりあえず大学に行きたいなと思っている人はほとんどの場合、普通科の高校へ進学する。

 

私もその1人で、どこの大学に行きたいなど何も決まってなかったが、そのまま受験し進学した。

 

 

そこの学校には「発展クラス」という受験の成績順で入るクラスが存在する。

各中学のトップの子たちはたいていそのクラスを入るのを目指して受験する。そのクラスにいることは地元でのステータスのようなものだった。例えば、地元で初めて会う人に「発展クラスです」というと素晴らしいねと褒められるし、病院に行ったときですらそうだった。医者の態度が良くなったりした。

 

 

レベルの高い進学校が島にはないため、そのクラスが唯一勉強できる環境が一番整っていると思い、みんな目指す感じだ。

 

 

わたしも何も考えずにそのクラスを当たり前のように目指し、そのまま入った。

 

 

違和感は、最初からだった

 

まず、入学前のオリエンテーションで気持ちが悪くなった。

受験勉強から解放されて、そのクラスに入れたことは純粋に嬉しかったが、オリエンテーションの空気は「君たちは優秀で、選ばれてここにきた」と言うかのような雰囲気で高校受験が終わったばかりだったが、大学受験の勉強の話が始まった。

 

 

その時の私は何も知らない、ただまわりに合わせてそれが正しいと思い込むようにしていた高校生だった。

 

オリエンテーションの時に感じたそのちょっとした違和感は、その後もずっと続くことになった。

 

 

そのクラスには学校の中で受験指導経験が多くあったり、ベテランの先生たちが各教科を担当し、教える。

 

 

いい先生たちばかりだったと思う。

時給も出てないはずなのに、7時30分から始まる授業をし、大量のプリントをコピーし、生徒のために頑張ってる人たちが多かった。

 

 

けれど、「受験のために」「国公立を目指そう」「琉球大学(沖縄の大学)を目指そう」という話ばかりが1年生の頃から繰り返し言っていたことはすごく疑問だった。沖縄の大学に行くことが悪いことではないが、もっと外に出ることの可能性も伝えることも必要じゃないかと感じた。

 

 

なんの目的でなぜ大学に行くかなんてまるで重要じゃないかのように、次々にある模試や毎日のようにあるミニテストの点数ばかりを気にする生活が始まった。

 

 

そもそも大学に行くことが正義であるというような考え方自体が私にはよく分からなかった。そのクラスは大学受験をするという前提だったから、進学する意味なんて考えてる人は来るなよというスタンスなのかなと感じた。

 

 

ことあるごとに先生たちは言った。

「君たちならできるでしょ。他のクラスとは違う」

 「受験、受験受験・・・」

 

日々そんな話を聞くと洗脳みたいになっていたと思う。

それに影響を受けてなのか、生徒も、他のクラスの人のことをバカにしたり、笑うことで優越感を感じるのが当たり前になってしまう部分を感じた。いじめではないけど、誰か1人をちょっとしたことで、いじって笑う雰囲気もあって気分が悪かった。

 

 

すごくダサいと思った。

 

沖縄の小さな島で優秀でも、世界から見たらあまりに小さすぎるのになぜここまで一つのクラスを特別扱いし、目的も見えないまま受験に駆り立てるんだろうかと思った。

 

 

毎日まいにち違和感を感じるようになった。

私以外のクラスメイトにはもしかするとちゃんと目的があり、夢があったかもしれない。だけど、私には苦しみながら真っ暗な道を歩いてる感じだった。授業中、いつも今すぐ教室を走って逃げ出したくなっていたぐらい、もやもやする場面はいっぱいあった。空気が重すぎて息ができなくなった。

 

 

この環境対して何かがおかしいと心の中で叫んでいたけど、その時は正体が分からなかった。でもここは私の居場所じゃないということだけははっきり分かった。唯一の救いは、担任の先生はとてもいい先生で私の違和感をすごく聞いてくれたし、ちゃんと私に向き合ってくれたことだった。

 

 

毎日のように心が掻き乱されるので、授業中に他のことを考えて心を別の空間に持っていくイメージをしなければダメになると思うほどだった。早く別の場所に、できるならば島からも出たいと思った。よく分からないことに必死になって、自分の個性を押し殺してクラスやテストの点数で人を判断する場所から出て行くことを私はとにかく一番求めていた。

 

 

 

2年生、3年生は別のクラスで過ごした。

そこは「一般クラス」と呼ばれていた。

 

一般クラスは、何もかもが違っていた。

本当に同じ学校なのかと思うほどだった。

 

 

 簡単に言えば、日常が動物園だった。

まるで小学校のようにうるさかった。

先生が大声で怒鳴ってもいつまでも静かにならない教室。

 

自習という名で放置し、あきらかに雑な授業。

球技大会の練習のためにテスト前だろうが居残りするのも当たり前。

学校内の行事のコンテストでクラス1位を目標を掲げ、休みの日も練習。

 

 

びっくりすることばかりだった。

 

そして、一般クラスの子たちには先生たちは何も期待してないことを知った。

 

よく先生たちは「発展の子たちはこの問題は数ヶ月前に終わらせてる」など彼らがどれだけ進んでて君たちは劣ってるんだよ、ということを感じる発言を繰り返した。

受験に関する情報は発展クラスに共有されていることは、一般クラスにほとんど持ってこないし、授業の質や言葉の全てから圧倒的な差別をしていることを感じた。

 

 

ここでも絶望した。

 

 

私は両方のクラスを経験をしたから、扱いがどれだけ違うかがはっきり分かった。

ただ、何も縛ってくる人はいないので一般クラスの方が自由に生きれた。

 

 

一般クラスの子たちはやがてこう言うようになった。

 

「俺たちにはどうせできない」

「比べるのが間違っている」

「発展の人たちは天才」

「あいつらはガリ勉すぎて怖い」

 

自虐し、発展クラスみたいに頑張るのはかっこ悪いよな、という空気ができるのだ。

 

一般クラスにはとても個性豊かな人がたくさんいた。

ユニークな考えを持ってる子もいたし、発展に入れるレベルなのに家庭の事情で入ってない子もいた。先生たちは発展クラスを特別扱いしているが、どう考えてもポテンシャル高すぎる子が多いのに何を見てるんだろうかと感じた。

 

どちらのクラスも大人の無意識の洗脳によって、生徒たちがネガティブな行動を生み出していると感じた。

 

私は高2からいろんな人に会い、団体をつくり活動したり、全国に友達ができた。

それを見た発展クラスの子たちは自分のクラスを去った私のことを馬鹿にした。

 

「そんなことしてたら大学いけないよww

 

見下していることは手に取るように感じた。

 

 

地元の高校は、「ワンランク上の進路実現」という目標が掲げられてる。

 

けれど、高い目標は否定されるし、やりたいことを平気な顔で嘘をつき、潰そうとしたり、教師として本当に許されないんじゃないこと思うことを言う先生もいた。親身になって聞いてくれた先生もたくさんいたが。

 

 

私がここまで否定的な話を書いたのには理由がある。

地元がよくなっていく一番の鍵が、「高校」だと思っているからだ。

あの高校の教育だと何十年も島の様々な問題は改善しないと思っている。

だから、地元の教育関係の人が何か考えてくれるといいなと思い、書いた。

 

 

私が感じたことは同じ学校に通っていた同級生にとって共感できることはないかもしれない。実際、このようなことを卒業した時にツイートするとかなりの怒りのメッセージがきた。なぜ怒るかについては、コーチングを受けて理由を考えた。理由の1つとして、きっと私と同じクラスだった人は、自分自身や大好きなクラスを否定されたと思い怒るんだろうと思う。また、私が感じていることが変だと思っているのだと感じる。今回も、私のことを嫌いになる人は増えるのは想定内で友達を失うんじゃないかと思っていて怖い。

 

 

私は卒業後、東京に来て、そして慶應の関連の授業や教育系のイベントを見に行ったり政府や企業で教育に携わる人から話を聞いて分かったことがある。地元より100倍ぐらいいい環境で、世界的に有名な教育に関わっている人の講演会など、お金を出して聞きに行ったり研修を受けたりして確信した。

 

 

あの時思ってた違和感は間違ってなかったということだ。

 

私がおかしいのではなく、高校が全然時代に追いついてなかったのだ。

 

個性を認めてそれぞれを個人として見るのでなく、他人を見下したり、できないという思い込みをさせることが当たり前になってしまう環境自体が問題であるということに気がついた。

 

 

私は、地元の出身校へ通う子たちへの強い呪縛が早くなくなってほしいと思っている。

 

 沖縄の小さな島の中の世界で完結してしまい、可能性の上限を決めていることがどれだけいろんな子たちの未来を狭めているかに気づいた。逆に1人でも「君ならできるよ」と言ってくれる先生がいるだけで大きな力になる。

 

 

悩んでる子がいたらすぐに高校やめて、島から出ることも選択肢に入れるべきだと思う。 N高だったり自分の生き方に合うことを早い段階で決断するのも良いと感じる。

 

 

 

ここには書けないがあまりに腹が立つ出来事があったので、勢いで自分の経験と当時強く感じていたことを書いた。

 

 

 

 

長文読んでくれてありがとうございます。

 

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