yuyumeru-S’s blog

20歳.沖縄の石垣島出身。慶應SFCです。

情報を遮断することで気づいたこと

 

 

「わあああああ、もう無理」

 

 

2ヶ月前ぐらいの私はネットの世界に疲れていた。

 

意見というよりただの差別だったり、愛のない言葉が溢れ、刃物のように人を傷つけるのを見ると嫌な気持ちになっていた。

 

ミュートしても流れてきたり、フォロワーの多い人が攻撃的なことを言っててもそれが絶対的に正しいと思う人が多いことも怖くなった。

 

そして「もしかすると自分も同じようなことをしているかも」「過去の発言が誰かを激しく傷つけたのでは」など考え始めるともうきりがないけれど、なんだか不安な気持ちだけが強くなっていた。

 

また、「インフルエンサー」と呼ばれる一部の男性の女性に対する態度がどうだったなど聞くたびに、もやもやした気持ちと会いたくないと恐怖の方が強くなっていった。

 

 

すごいと評価されてる人がこんなことするなんて、、とか自分自身も完全に騙されたなと思う出来事があり、何も信じられなくなっていった。

 

 

もともと高校2年生ぐらいの頃から、自分の活動などを発信したいと思って使い始めたTwitterで、いろんな出会いも学びも楽しかったこともたくさんあり、コミュニケーションのツールとして使うようになった。

 

 

とても優秀な同世代を見つけられたり、Twitterやブログで知り合った人と電話やご飯行ったりとそこから生まれた繋がりも多く、すごく私の世界は広がったなと思うことがあった。

 

 

だけど、「こんなにイヤな気持ちになってまで使うことは間違っているのではないか」

 

というか、自分で見る世界は変えられるはずだから、受け取る情報も意識的に選ぶようにすることも大事ではないかと思うようになった。

 

それは社会の問題から目を背けるのではなく、自分がイヤだと思ったものをわざわざ見ないで、自分の心が平和でいれる時間を意識してつくる努力をする必要があると考えた。

 

最近だと、人と会った時はFacebookよりTwitter名刺代わりになってたり、仕事で使っている人も増えてきている中で必要だと考えていたが、使い方を少し変えることにした。特に女性だとネットで知り合った人との距離感は気をつけなければいけないなと思った。

 

毎日膨大な量の情報は見なくてもいいもので、他人の悪意ある言葉、一部の男性への恐怖に怯えずにいるためにできることをやることが大切だと気づいた。

 

 

もっと書きたいことあるけど、続きはまた今度書きます。

 

 

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閉鎖的な環境について思うこと

 

田舎にいると、とても情報のスピードが遅い。

 

好きな雑誌がお店に並ぶのまで2週間かかるし、圧倒的に本屋さんに置かれている種類も少ない。


会える人も限られているし、都内の高校生と電話で話しながらなんだか同じ国なのになぜこうも違うのかと驚かされることが多かった。

 

「今はネットがあるじゃん」

 

多くの人に当時そう言われて、高校2年生の私は自分がちゃんとネットでの活用の仕方が分かってないのかな〜だなんて思っていた。

けれど、それから数年が経ち、その言葉は当たっているが、ある意味で間違っていることに気づいた。

 

確かに情報はスマホさえあれば、誰でも受け取ることはできるようになった時代だけど、そういうことではないのだ。


まず何を検索していいのかが分からないし、興味を持ち調べたことを言うと、

 

「何言ってんの」

と嫌な顔したり、ちょっとおかしな子だよねみたいな空気になり苦笑いされる。

 

地元が嫌いとかそういう話ではなく、とにかく都会との情報スピードが違うので理解が全くないのだ。

 

都会と田舎と比べるのはどうかと思われそうだが、私は数年前の大きな疑問と悔しさは今になってやっと言語化できるのではと思い書いているので田舎がイヤだと言おうとしているのではないことを分かってほしい。(以前似たようなことを書いた時にすごく地元の人たちから怒りのメッセージがきたので)


私の地元に来る人たちは、東京の生活に疲れて別荘で冬の間だけ過ごしたり観光として来る人もいたり、これまでの日常から何か大きな問題を抱え、離れたいと思い逃げてくるような人も多く、それはつまり何を意味しているかというと「何もない」ことに価値を感じている部分があるということだと思う。

外の人から見ればとても素晴らしい魅力であり、癒しであるということはもう聞かなくても当たり前に分かるが、なんだかいつももやもやしていた。

 

その良さは私も本当に素晴らしく大好きなのだけど、

「こんな場所にいたら何もできない」

と悔しい思いをすることもあり、小学生の頃から「絶対にぜったいに高校卒業したらここから出たい」と親に言っていた。


「のんびりしている」「時間を忘れる」「海外に来たみたい」

そんな言葉を聞くたびに、仕事もお金も家族も自由な時間も手に入れた大人が一時的に遊びにくるとしたら楽しい場所なのだけど、そんな場所で育ってる私の心の声を叫びを聞いて欲しくなっていた。(観光客とかが嫌いという意味ではないです)

 

「南の島は〜〜」みたいなキラキラと青春を楽しむ心優しい沖縄の子どもたちなどと幸せそうに取り上げられているテレビを見ても、なんだか複雑な気持ちになった。

地元が大好きなのと同時にあまりに悲しい出来事、信頼し心を開いていた人たちからの言葉にいちいち傷ついていた。
自分を押し殺してきたことが積み重なって、苦しくて苦しくてたまらなかった。


今思えば、高校も辞めれば良かったし、あそこまで苦しんでる自分は理解者がいなくずっと大きなものに押しつぶされそうな息苦しさを毎日抱えていたのもたくさん原因があったのではと思うが、自分自身を解放できる場所がなかった。

 

東京で過ごすようになり、よき理解者と出会えたり本音で話しても嫌な顔しないで私の求めていた「ふつうに聞いてくれる」友達も増え、環境を変えるというのは本当に大事だと心の底から思った。

 

はじめて「息ができる、本来の自分を表に出しても許されるんだ」と思うようになった。


私のようなことを地元に対して感じている人はごく一部だと思うが、情報格差からくる地域全体での理解のなさは田舎だとはっきりあると思っていて、それによって自分の気持ちを封じ込める人が減ってほしいと思っている。

 

それはその地域に生まれてしまったからには受け入れるしかないと思っていたけれど、高校生だし無理だよね、と諦めないで本当の自分の解放できる場所と人をできるだけ探すかまずは自分の良さを絶対に認めてくれない場所から逃げ出すことも大事だとあの頃の自分に言いたくなった。

 

当時Facebookにこのような悩みを書いたら50件以上のコメントやメッセージがきてかなりいろんなことを言われたので過去の自分のもやもやをブログに残そうと思った。

 

 

 

※大好きな地元だからこそあえてこういう書き方をしてるのでディスらないでね


読んでくれてありがとうございます!!

 

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子育てしてる女性経営者に話を聞きたい

 

 

 

女性の経営者の方が子育てと仕事をどうやって両立しているか聞いてみたい。

 

また、パートナーも会社をしている場合、どのような役割分担だったり、日々どんな考え方で生きているのかがすごく興味ある。

 

子育てするならどちらかが休んだり、ちゃんと話し合って決めておくことも大事だと思っているが、どんなことが重要なのか全然分からないので教えてもらいたいな。

 

私のまわりはまだ10代や20代なのであまりこのような話はできない。

 

話す機会が少ないので、これから情報発信していくことでいろんな方から子育ての情報や仕事との両立について考えておくべきことやキャリアについてなど聞いてみたいと思う。

 

 

 

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愛のない幼少期

 

 

人は幼少期、親などから愛情を受けることができなかったら、その後の人生に大きく影響するのだと思う。

 

 

子どもの頃できなかったことや言って欲しかったことを誰かに強く求めたり、突然突拍子もないことをするのではないかと感じる。

 

 

日々誰かを激しく攻撃したり、体を売ったり、次々相手を変えて遊んだり、すぐに人間関係を切ろうとしたり、、、自分の体を傷つけることで心配してもらい、承認されたいという欲求を満たしたりするのではないかと思う。

 

 

 

中学生の頃から友達の相談を受けて思ったのが、世の中の「大人」が思ってる以上に残酷で悪魔のようだなということだ。

 

素晴らしい人だと思ってた先生でさえ、暴力や暴言で未来を奪っているようなことをしたり、自分の罪をもみ消すことをしていた。

 

 

SOSは全く届かない。

 

 

「あ~~、あの子は言ってるだけだよ笑」

 

 

死にたいと言ってる友達は自殺しそうな一歩手前のその言葉でボロボロになっていた。

 

誰も頼れない、もう無理だとやっと伝えたけれど、結局バカにされ、相手にしてもらえずにもう誰のことも信用しないと恨みと強い心の痛みとともにいろんなことを我慢していくようになるんだなと知った。

 

 

愛のない幼少期はその後の人生にとても影響する。

 

偏った恋愛観や価値観だったり、その時得られなかったいろんなものを取り戻そうとしている。

 

そんな子が1人でも減ってほしいなと思う。

 

私はただ話聞くことしかできないけれど、自分にできることは何かと考えている。

沖縄出身の大学生の叫び

 

 「宮古島は投資家のオモチャじゃない」

 

 

先日、このようなツイートを見かけて1000回いいねしたいほど、共感した。

 

今、沖縄の宮古島で土地の値段が上がっている。

多くの人が島にきてホテル建設も追いついていないそうだ。

 

土地を買おうと促す人がいることや家賃も上がり島の人も住めなくなっている現状も知った。

 

宮古島バブルだと盛り上がっているツイートがまわってきた。

 

 

 なぜだが分からないけれど、私はとても悲しくなった。

 

その出来事から、これまであったある出来事を思い出してしまい、涙が出た。

 

 

私は石垣島出身で宮古島に住んだことはないが、沖縄の離島というので似ている部分はたくさんある。

 

うまく言葉にすることができるか分からないが、私の思いを書いてみようと思う。

読んでくれると嬉しいな。

 

 

「沖縄」と聞くとみんなどのような想像をするだろうか?

 

海が綺麗、食べ物が美味しい、などだと思う。

リゾート地で沖縄大好きという人も多いと感じる。

 

私は地元が大好きだ。

 

観光客が来てくれるのは嬉しいし、東京にいても沖縄出身と言うと誰もがいい場所だったよ、と言ってもらえる。大好きな地元を褒めてもらってとても嬉しくなる。

大学の友達も「家族旅行で沖縄行って、楽しかったよ〜!!」と自己紹介の後に話しかけてくれて仲良くなったこともある。

 

だけど、私には不安がある。

 

そんな沖縄がみんなから「リゾート地」としての認識が上がるほど、どんどん開発されていくんじゃないかと思って怖い。

 

 

守られてきたものが破壊され、価値ある文化財が壊され、島にしかいない生物が殺されていく・・

東京から来た人たちと一部の地元の人たちがまわりの反対を押し切り、新しい建物をつくり、どんどん人が増えていく。

 

あえてこの中で特定の事例を出さないが、私が激しく怒った出来事がいくつかあったので書いてる。

 

リゾート開発が進むほど、観光客が来ることでお金が地元に落ちてくことはあるはずだが、経済的な循環は、沖縄の「目に見えづらい価値」を前提として考えることができた上で成り立つべきではないだろうかと考えている。

 

「目に見えづらい価値」というのは、その地域の伝統的な風習であったり、文化財があることで生まれる伝統、普段はなかなか見れない生物や景色、戦争を語り継ぐために残していく重要性がある記憶の継承などだ。

 

一時的にそこに何かができることで人々は来るかもしれない。

莫大な利益だって生まれるかもしれないし、それができたことで何か良いことが起こる可能性もある。

 

新しいものができることは決して悪いことだと思わない。

古いものに縛られてるより、イノベーティブなことをしていくことは重要だと思ってる。

 

しかし、私は思うことがある。

一瞬で壊すことで得られることの「価値」はいったいいつまで続くのだろうか?ということだ。

 

自然は壊したらもう元には戻らないし、そこにしかいない生き物の住む環境を奪ったらもう生き返らない。

 

住む場所を追い出された人々は、もうその住み慣れた場所で生活することができなくなるのだ。

元に戻すという作業にはとてつもなく長い年数と努力が必要で、その場所が破壊されてしまったら二度とその景色を見ることができないのだ。

 

 

沖縄の価値は、誰が決めるのだろうか??

 

 

言葉が上手く、勢いでどんどん進めていく人が言ってることは、どこまで正しいのだろうか。

 

沖縄のことを本当に考えてるなら、立ち止まって考えることも必要ではないのかな。

政治的に進んでることの半分も沖縄県民は知らないのではないだろうか。

 

一部分だけ見ていると綺麗に見えていることは、裏を知ると人間の汚い感情と欲で真っ黒になっていてもう誰も止めることができなくなっている。その現象は気づいた時には手遅れになっていて、失っていくものの価値がどうかなんて考える時間もなくなっている。

 

 

知る必要性があるものを守り続けたり、残そうとする努力は大切ではないだろうか。

 

壊すことでの得られるものを求めることが、本当に今やるべきなのかを考えてほしいと強く思う。

 

何十年もその場所にいる人の声を聞いてほしいし、勢いだけで価値を分からない人たちに破壊されてくことがすごく悲しい。

 

きっとこのブログを読んでくれたほとんどの人はなんのことを言ってるのか分からないかもしれないが、ある人が涙を流していたのを思い出し、すごく悲しくて自分にできることはとりあえず文章にすることだと思い書いた。

 

沖縄はただの「もの」じゃない。

住んでる人だっているし、誰かが大事にしてる場所だっていうことも知ってほしいな。

 

 

 

読んでくれてありがとうございます。

 

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地方の高校生が上京するべき理由

 

 

こんにちは。

ゆゆめるです。

 

 

今日は、地方に住んでる子が上京した方がいい理由について書きます。

もし進学など迷っている人がいたら参考にしてもらえると嬉しいです。

 

 

私は高3まで人口が5万人ぐらいの島に住んでいました。

電車もなければ映画館もローソンもなく、スタバも市街地から離れた空港にだけ、どこかに出かけるとたいてい知り合いに会うような環境に住んでいました。

 

 

私の住んでいた島では、18歳、つまり高校卒業と同時にほとんどの人が島を離れます。

そのため、早い段階で将来どうするかを決断している人が多かったように感じます。

 

 

 

私はとにかく早く島を出たかったので小学生ぐらいの頃から上京したいと思っていました。

 

けれど、「沖縄にいること」が良いことだと多くの人が認識としてあったような気がします。家族にも会えたり、経済的な面もあると思うのですが一番は「安心だから」という理由があることを感じていました。

 

沖縄にいながらできることは山ほどあると思います。

魅力的な人たちや良い環境もあると思っているので沖縄の中にいることが悪いことだとは思っていません。

だけど、東京の環境がどれだけ素晴らしいかも早く知りたかったなと思いました。

 

 

ここから先は、私が上京して心から良かったと思うことを書きます。

 

・会いたい人にすぐに会いに行ける

本を出したりTVで見ていて気になっていた人などのイベントに行き、話を聞くことができます。東京を拠点に活動している人は多いので自分が興味を持った人にも会える可能性が確実に高くなります。

 

・とにかく情報が早い

地元にいたら入ってこなかった情報が早いスピードで入ってくるようになります。自分の興味分野がはっきりしてる人ほど最高だと思います。

 

・書籍が多い

地方の図書館や本屋さんは読みたい本が置いてなかったり、発売されて3週間以上待たなきゃ買えなかったり取り寄せ不可などがありますが、本屋さんも図書館もすごい数あるのでわざわざAmazonで取り寄せたりしなくても手にとって見れてすぐに買うことができるので読みたいものが短期間で手に入るようになりました。本が好きな人には幸せな場所が多く存在します。

 

・音楽や芸術に触れることができる

美術館や展示会、好きなアーティストの個展など見に行くことができます。

ライブや演劇なども気軽に行けるようになるのは本当に魅力だと感じます。

 

・優秀な人が多い

様々な分野の優秀な人たちがとても多く、議論しているのを聞くだけでもとても学びになります。ぶっ飛んだ生き方をしている人もいるので自分の考えとは全然違う考え方を知れるので知的好奇心が高い人ほど地方から早く出ると確実に世界が何十倍も広がると感じてます。

 

・地元のことを客観的に見れるようになる

一度外に出ることによって、地元の問題だったりずっと当たり前だと思っていたことは実は我慢しなくても良かったことなんだと気づけたり、いろんな選択肢が見れるようになると感じます。また、私は地元の中で問題となっていることはどのように見えているのか報道の違いやまわりの人たちの捉え方の違いがはっきり分かるようになるのでとても驚きました。

 

・まわりの目を気にしなくてすむ

狭い田舎だとどこへ行くにも誰かに会うことを考えなければいけなかったけど、東京だと誰も知り合いに会わずに遊べるし趣味を堪能できるので精神的に楽になります。

 

・美味しいものがたくさんある

とにかくオシャレで美味しいレストラン、カフェなどがたくさんあり、食への価値観が変わりました。沖縄のご飯も大好きですが、こんなにいろんな食べ物が世の中に存在していたのかと感動しました。

 

・自分のタイプの人とデートができる→彼氏ができる

地元で変人と見られていましたが、上京してからこんな私でも面白いと思ってくれる人が意外と多くてモテ期がきてたくさんデートに誘われました。世の中にはいろんな人がいるんだなと感激しました。自分と価値観が合う人とデートしたり、恋人もできやすくなると思います。

 

・1人暮らしでメンタル強くなる

これまで親が当たり前にしてくれたご飯を作ったり洗濯や掃除など生きてく上で基本的なことを自分で全部一気にやらなきゃいけなくなるので、思っている以上にメンタルが鍛えられました。親へ感謝するようになりました。もしひどく体調を崩しても近くに家族はいないので自分で頑張らなきゃいけなくなります。沖縄ののんびりした雰囲気じゃないなか、必死で生きていくので多少のトラブルには動揺しなくなります。

 

 

田舎に住んでいたからこそ、すごく違いを感じたことについて軽くまとめました。

関東に住んでしてる人からすると当たり前すぎるかもしれませんが、何もない地方に住んでる子ほど上京することは圧倒的に良いことがあると感じてます。

 

「自分の地元から出たことない人のアドバイス」なんか絶対に参考にせずに、大変なことや親の理解も必要だとは思いますが、自分がやりたいことがあるなら東京で過ごしてみるという選択をしてみてほしいです。

 

小さな田舎の、大きな呪縛によって、自分の可能性を狭める道を自分の意思ではないのに仕方なく選んでしまう人が減ってほしいなと思います。

 

 

誰かの役に立つと嬉しいです。

 

読んでくださりありがとうございます。

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LGBTの話でいつも思うこと

 

 

こんにちは。

ゆゆめるです。

 

 

今日は「LGBT」の話題が出るたびに思うことを書きます。

  

 

私は、よくこの話題になるといろんな人とちょっとした喧嘩になってしまうことがある。その理由を考えてみた話をまとめました。

 

 

 

私には、レズやバイ、ゲイの友達がたくさんいる。

別に彼らのことを変わってるとも思わないし、それを聞いても特別だとも感じない。あ、そうなんだ、ぐらいにしか思わない。

 

 

だけど、最初は違った。

 

 

今日は、性別や恋愛対象について何も知らずにいた頃の話を書く。

(本人に許可はもらってます)

 

 

数年前、女友達と観光でホテルに泊まった時のことだ。

 

その子と徹夜で朝まで語ろうと盛り上がり、定番の恋バナになった。

 

 

「どんな男の人がタイプ?笑」

「好きな人いる??」

 

とお互いにどんどん話していくことになった。

私はその当時好きだった人の話や「告白しても絶対振られちゃう」「でもかっこよくて好きなの」など2人できゃあきゃあ言いながら、たくさん買ったお菓子と甘いミルクティーを飲みながら盛り上がっていた。

 

 

その子とはよくご飯行ったり、まだガラケーだった時にも毎日メールするほどの仲でわりと普段からいろんな話をしていた。

 

 

どんな男の人と付き合いたい、告白しようか迷ってるの。とひたすら語る私の話を聞きながら、ずっと私に質問したり聞き役にまわってくれるので

 

「私の話はいいから〇〇ちゃんの恋バナも聞きたい!!!笑」

 

と言った。

 

すると彼女はびっくりするようなことをさらっと話した。

 

 

「私はいつも女の子にしか告白されない」

 

「男の人へ恋愛感情があるか分からない」

 

 

 

私はすごく驚いた。

 

 

何人もの同性に告白されてる人の話なんて、聞いたことはこれまで一度もなかったからだ。

 

どんな男の人が好きかそのまま話始めると思っていた。

 

 

彼女はよくラブレターなどをもらい「好きです、付き合ってください」と呼び出され女の子に告白されると話してくれた。

 

だけど、「自分は女の子が好きなわけでもないし、かと言って男性が好きかと言われたら恋愛感情を持ったことない」と言った。だから毎回断っている、と言っていた。

 

 

これまで同性から告白された数を聞くとかなり多くて、異性からそんなに告白されたこともない私はとても衝撃を受けた。彼女が普段いるコミュニティは女の子が多いわけでもなく、男の人もたくさんいるので異性からはなくて同性からこんなにモテることがとてもすごいと純粋に思った。

 

 

「男の人じゃなくて、女性が好きなの??」

 

LGBTやレズの言葉の意味さえ知らなかった当時の私は思ったことをそのまま聞いた。

 

 

すると、彼女は少しの間、考えてこう言った

 

「分からない。好きかなと思ったけど違うんじゃないかな」

 

私は混乱した。

男性が好きでもないし、女性が好きでもない。

恋愛感情を持ったことがないという彼女が不思議だった。

 

 

私の頭の中は、クエッションでいっぱいになっていた。

 

 

 

・・・・・・

 

それから、私は「同性が好き」「男性も女性もどっちも好き」「付き合いたいのは女の子だけど性的対象は男性」など様々な人に会うようになった。

 

 

「この話を言うのはのはじめてなの」

 

カミングアウトのようなことも何度かあり、最初のような衝撃はあまり受けなくなった。本人がすごくオープンにしている人もいれば、まわりの偏見の目があるので絶対バレないように隠してる人もいた。

 

 

いろんな人に出会い、

別に性別なんてどうでもいいと思うようになった。

その子の考えや価値観、人としてどうかが重要だとすごく思うようになった。

 

 

それと同時に、人と話す時、特に恋愛の話や性別の話になった時はできるだけ気をつけるようにしたり、言葉を選ぶようになった。

 

 

見た目が女性だからと言って男性が好きだという前提で話したら、傷つく人もいることを知ったからだ。けれど、何人かで話すと思わずそれを忘れてしまうこともあり、あの言い方は同性が好きだった場合イヤな思いをしたかもと後悔することがあった。

 

 

同性婚に関するニュースやLGBTに対する活動をしている人の発信をよく見るようになった。今の法制度や世の中の古いシステムのせいで悲しい思いをしている人がたくさんいるのを知った。自分はレズやゲイだけど、わざわざそんな話題出すなと怒ってる人もいることも分かった。

 

 

・・・・・・

 

 

異性が恋愛対象の人と話している時にたまにそんな話題が出ると、男性だとゲイを嫌う人もいたり、同性が好きだなんてキモいとさらっと言う人も多いことに気づいた。

 

 

私はその度に、なぜか苦しくなった。

 

「あなたと話している私が同性が恋愛対象だとすると、傷つく可能性考えてないの???」

と思った。そして本気で親にも言えなくて悩んでる友達の顔を思い出して思わず、なんでそんな風に思うの?と聞いてしまうようになった。

 

 

何人かはこう言った。

 

「俺はLGBTとかほんとにどうでもいい」

「ゲイに好かれて嫌なことがあった」

「当事者でもないくせに、理解してあげてるみたいに見えて君はなんかうざい」

 

などだ。

 

 

私は、心が痛くなった。

こんなにも激しく嫌悪感を表さなくてもいいのではないかと思った。

 

 

私は「理解してあげたい」とも「何かしてあげたい」と思っているわけではない。

 

 

友達のことを思うと激しい言葉が自分の胸に刺さって苦しい。

 

 

外見が「男性」でも心は「女性」かもしれない。

相手が異性が好きだという前提で話すことをやめてみて、気づいたことは意外と多かった。

 

 

 

どうまとめていいか分からなかったのだけど、LGBTに関する話題が出るといつも嫌な気持ちになっている自分がいたので文章にしてみました。

 

 

みなさんの意見や経験なども知りたいです。

読んでくださりありがとうございます。

 

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